2017年06月10日

高校生の部活がジャズ?!

青春時代の記憶をたどっているうちに、高校時代のジャズ研を思い出しました。
高校なので「部活」。
今は廃部になっているそうですが、当時はモダンジャズ部みたいな名称だったような気がします。

新入生歓迎会のときに講堂で演奏していた先輩たちのコンボの演奏を聴いて入部。
当時私はジャズを全く知らず、ユーミンに憧れて自分で作詞・作曲・弾き語りをしていたのですが。
いわゆる軽音楽の部活がここしかなかったもので、仕方なく入った・・・というのが正直なところでした。

先輩から当時伝え聞いていたのはこんな話。
#その昔ヤンチャな生徒が何人かいて、彼らに音楽をさせればおとなしくなるだろうということで創設されたのが最初。
#大先輩に矢野顕子さんがいて、彼女は高校の部活のレベルの低さに我慢がならず、中退してアメリカにわたった。だから僕らはがんばろう。
(中退してすぐにアメリカに渡ったわけではなかったと、あとになって知りましたが)

私はヴォーカルで入ったのですが、毎回の練習のはじめと終わりにチェイサー(ライブで各ステージの最後を締めくくる短い曲)をピアノで順番に弾かされたり。
 ← 楽譜があったわけではなく、Cocktails For Twoとか数曲を耳コピで弾いていた
ボサノバのリズムの取り方を教えてもらったり。

ヴォーカルの先輩がいなかったからか、キーの決め方とか自分が使う楽譜の書き方とか、ヴォーカリストにとってのイロハを教わる機会はなかったのですが
学校帰りに渋谷のジャズ喫茶につれていってもらって、ああでもないこうでもないというウンチクに、分からないながらも耳を傾けたりとか、お勧めのアルバムを紹介してもらったりとか。
入門者にとってそれなりの環境は整っていたように思います。

恥ずかしながら歌う曲も選んでもらっていて、最初に持ち歌にしたのはコルコバード。
なぜこの曲が選ばれたのかは不明ですが(笑)。
その後は、定番のFly me to the moon とか You'd be so nice to come home to とかを覚えて文化祭で歌っていました。

ヴォーカリストでは、はじめにリタ・ライスのアルバムを貸していただいた記憶が・・・。
理由は不明ですが、今にして思えばオーソドックスな歌い手だったからでしょうか?

その後家の近くの夜店でポップスの弾き語りをちょこっと始めたり・・ということもあって、当時は真剣にジャズに取り組んでおらず、在籍していた期間も短かかったのですが
高校卒業後再びジャズに戻って今に至っているのも、あの時代のできごとがあったからこそだと思うのです。

あの時いらした先輩の方々。
プロのミュージシャンになっていてもおかしくないと思うのに、今どうしておられるのか、現場でも全くお目にかかれません。

部の同窓の方でミュージシャンになっておられる方、なっておられないけれども同窓のジャズファンの方。
お心当たりがありましたら、お声をかけていただけると嬉しいのですが♪

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posted by ありあ at 00:16| Comment(0) | 日記
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